私の中の獣 〜多動という名のギフト ⑤

2020年9月13日

あなたは、自分の「槍」と「楯」を本当に認識していますか?
自分のマイナス点がない、と言い切れる人間がどれだけいるでしょうか?

例えば私は、とにかく良くメモを取るのですが、それは、「自分のことを信用していない、自分の記憶力だと大事なことを忘れてしまうと思っている」からです。
お客様との打ち合わせでも同様です。で、良く一緒に参加している自分より若いメンバーを見ていると、とにかくメモを取らない人が多いと感じています。
打ち合わせのあとのMTGで、お客様との打ち合わせでこれから私たちがどうしていくべきかやお客様の言っていたことについて話をしてみると、その時メモを取っていなかった人たちもだいたい、大事なことが聞けていなかったりわすれていることがほとんどです。
そういう時、「だったらメモをとりましょう」と伝えるのですが、まあ、最近はうるさいおやじになるのもなんなので、そういう指摘もほどほどにはしています。
※本当はそういう指摘をしてくれる人ほど大切だと自分では思っていますが、まあ、そういう考え方もなかなかはやらないようです・・・
 「何を言うかではなく、どういうか」がとても重要だと私は考えているのですが、それはまた別な機会に書ければと思います

こういう人たちは、「ほんとには自分の楯をわかっていない」、もしくは、どうでもいいのだと私は感じてしまいます。

自分の人生を良くしていきたい、はずであれば、
自分のできること、できないことをもっと真剣に考え、
できないことはカバーしていく、それによって成長できるのだと私は信じて生きてきました。
あまりそれを強く言いすぎるのも押し付けになるのだと思いますし
他人の人生なので、会社としては必要な範囲で部下の指導でも言い続けてはいますが
要は、これらのことは、会社のためにそうして欲しい、のではなく、自分のためにそうした方がいいと思っているということ。

今日は1話から一気にここまで書きあげました。
※これも多動のなせる業!?とも思います

今日ここで表したかったことは、
・自分の中に獣がいること
・その獣と向き合って生きてきた、しかし本当にその獣に気づけたのはここ数年だということ
・そしてその飼いならし、コントロールについての振り返り
これらのことについて今自分で思っていることをつらつらと書きあげました。

今も、ちょっとお酒に酔いすぎてしまったりしたときなどに、自分の中の獣がコントロールしづらくなったり反省することも度々発生している。後で後悔することも多々ある。昔より回数は減ってきたけれど。
普段は自己抑制できていても、プリミティブな本来の自分、自分の中の獣の持つ「破壊欲求」を意識することがある。若い頃は自堕落で、もっと今以上に能天気で刹那的に生きていた。

今は自分にも家族があり、守るものもある。
その中で自分の中の獣と向き合い、飼いならしていくことがとても重要であり、今、コロナでいろいろと世の中が目まぐるしく変わろうとしている中で私の働き方や人生もまたいろいろしなやかに変化していくことが必要だと感じている。
その中で、この「獣」をどう飼いならしていくかで、今後の私の人生が豊かに光り輝くものにしていけるのか、はたまた破壊の修羅の道になっていくのが決まる。
そのことを自分自身でもこの文章を書きながら再認識している。

最近は発達障害の記事や情報が多くあふれ、また、お子さんを育てる中でADHやADHD、グレーゾーンなどの診断を受けて悩んでいる人や、そんな中で前向きに育児や療養をされている方のブログなどの情報も多く、私もネットで読む機会もあります。ただ、そういうご両親や、また、自分自身が大人になって診断されたり自覚して悩んでいる方にお伝えしたいことがあります。私自身、振り返ると、多動症に当てはまる自分の特性が非常に多いと思っていますが、それはそれ、で、考えてもしょうがない部分はいい意味で諦め、できるやり方で今までカバーしながらなんとかかんとかやってきました。逆に集中力というのはとても自分にとってプラスな武器で、フットワークの良い行動力もまたしかり、で、この辺のことを自覚し、「ほかの人よりも行動に移すことが早い」という点で差別化しながら成果を出すこともできています。ですが。これらの「楯」と「鉾」、武器と防具をいかに自覚して効果的に人生に生かしていくか、や、頭の中の多動性、シャカシャカ感を沈めて、論理的思考という最強の武器を手に入れることや、客観性・自己分析(ありのままの自分を冷静に見つめて分析し、できていないことをまず受け入れることからスタートします)ができたら、多動症の人の人生はそれまでの何倍も豊かにすることができると感じています。なぜなら、自分のダメなことを本当に自覚し、それをどうしていけば回避できるか、改善できるかを自分自身で考えることが真にできたなら、あとはそれを行動に移せばいい、その時の行動力は人一倍あるのだから、人生が良いスパイラルにならないわけがないではありませんか!

実際に自分自身、振り返るとこのような頭の中の思考回路の変革を手に入れられたことで、大きく人生が変わってきたと思っています。

今の自分にとって、「多動症」「多動力」というのは非常に強力な武器だと思っています。これはまさに自分の人生にとっての「ギフト」であり、このおかげで、過去には苦労もしたと思いますが今となってはほかの人よりも多くのことがこなせる原動力、エンジンとなっていると感じています。

私自身、時間管理が苦手だったり、人の名前が覚えられなかったり、プライオリティ付けが下手だったり、欠点は多いです。ですが、それも自己分析をして自覚しており、それが良いとは全然思っていないので、普段の生活でもスケジュールにこまめに入れてスマホでもいつでも見たりできることで予定のダブルブッキングや時間遅れを極力解消できており、一般的な社会で生活できるレベルになっていますし、そこを補う会議での発言やふだんの仕事の行動力で世の中や今の会社の仕事環境の中をすいすいと泳いでくることができいます。できていないことはちゃんと認識し、改善するための手段さえ手に入れられればいいのです。

これも多動症の症状の一つだと思うのですが、私はよく「話が長い」、「文章が長い」と言われます。特に、この指摘は私のことをちゃんと見てくれている上司の方ほど今まで指摘してくれたことでした。実際自分でも認識しており、直そうと思ってメールを書く際も何度も結論から書いてみたり、書いた内容を何度も遂行して簡潔に短く書くこともしてきました。でも、気が緩むと、長くなってしまう・・・。

これも気づいたときに諦めずに自分で補正、改善していく気持ちさえあれば、徐々に良くなっていく点だと思っています。しかし、こういう特性は何も欠点ばかりでもないと自分では思っています(あ、開き直ってしまうと仕事の面では改善できないので多様性という観点でそういう面もあると思っているということです)。例えば実は私は昔から文章を書くのは好きで、大学卒業時はコピーライターを目指していたのですが、文章もいろいろ考えながらつらつらと書くことは人より得意だと思っています。例えばこういうブログの文章もそうですね。要は、ケースバイケース、適材適所で、自分の凸凹はよい方向に出てくる、または意識して使うことができれば非常に強い武器にしていくこともできますし、合わない面で出してしまうと欠点としてダメージを食らってしまうことも多いということです。

実際、会社の中でも思うのですが、内緒で自分を多動認定していますが、そうでないと思われる一般の人のほうが、普段の仕事の中でもしっかりと考えられていなかったり、失敗を何度も繰り返したりしている人が非常に多いです。私より時間に正確で、打ち合わせには必ず時間通りに出てきたり、人の名前もしっかり覚えている人は多いです。というか、ほとんどの会社の人はそうです。でも、会議に出ていても発言しなかったり、クライアントのことを真剣に考えられた行動をとれていなかったり、結果を出すための適切な自発的な判断や問題解決ができていない人がこれまたしかり、非常に多いと感じています。「何が問題で、どうすることが一番重要か」を理解して行動できていないのです。だとすれば、この「多動力」というのはうまく使うことができれば、社会生活の中ではマイナス面ばかりでは決してなく、むしろそれ以外の面を自分でうまく改善していくすべや、思考方法の改善をすることができれば、そういう人たちももっと活躍の場が広がるんだと感じています。

いわれてやるのではなく、どうせやらなくてはいけないことであれば、自分から進んでやった方がいいんです。自分の人生のかじ取りは自分でする、自分の人生のオーナーはあなたなんです。

この文章を読んで少しでも自分も変わろう、と思ってくれたり、またはお子さんに対しての接し方を変えていくヒントにしてもらえたらとてもうれしいです。

多動的な文章でいろいろと論点が移り変わってしまって、読みづらかったらご容赦ください。

 

人生はすべて選択の連続です。

今日はここで筆をおこうと思うけれども
もしこの記事が1人でも多くの人にとってプラスになることがあれば、
実はまだまだいろいろ書きたい事や表現したい事、ネタもあるので
また気が向いたときに書いていきたいと思う。

皆さん、良い人生を!

 


わたしの好きな言葉を最後に。

「開けない夜はない!」、「やまない雨はない」

そして、マザーテレサの下記の言葉。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

~ 私の中の獣 〜多動という名のギフト Fin ~

吾輩は、多動である

 
私の半生の中で経験した闘病記録も、自分の多動性を振り返るうえで非常に貴重な時期だったと思っています。
お時間がありましたら下記もお読みいただけると嬉しいです。